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ソ連のピアニスト、ハルビン生まれであったので10歳で初演奏会のあとは、アジアで活動しており。1935年には初来日もしている。しかし1936年、ソ連戻った後はモスクワ音楽院でゲンリヒ・ネイガウス(弟子にリヒテル、ギレリス、ザークも)に師事するも父親は処刑され、母も矯正収容所に送られる。本人はかろうじて助かった。その後はリヒテルと多く共演した。1985年、モスクワ音楽院教授。ソ連が崩壊し1993年、58年ぶりの日本公演が決まるが、直前の1993年7月29日、急死した。
西側で活動していないのであまり知られなかったが、高い音楽性で評価が高い。ロシアピアニストだが技巧を見せびらかしたりしない人である。
1994「ヴェルデニコフの芸術」は1995年レコード・アカデミー賞。
ロシア・ピアニズム名盤選-5 シューベルト:さすらい人幻想曲/シューマン:交響的練習曲/ブラームス:パガニーニ変奏曲
ベデルニコフ(アナトリー),シューベルト,シューマン,ブラームス
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