昭和二十年

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昭和二十年

昭和二十年1945年

  1. 1月1日2月10日
    1. 1月米軍はフィリピンを進撃中であり、本土はB29の空襲にさらされるようになり、日本の運命は風前の灯火にあった。近衛、木戸、東条はこの正月をどのように迎え、戦況をどう考えたのか。 近衛と吉田は何を策謀しているのか。繆斌とは何者か。ソ連の思惑は何か。工場や大都市への爆撃がつづくなか、日本は徐々に崩壊への道を歩みはじめる。
  2. 3月20日4月4日小磯内閣の倒壊
    1. 謎の中国人繆斌は本当に平和を求めて日本にきたのか、それとも国民党の特務なのか。内閣はこの中国人をめぐって対立、倒閣へと向かう。戦争終結構想、マルクス主義者の動向、硫黄島の戦い、岸信介の暗躍など、転機の3月4月硫黄島で最後の戦いが始まろうとする頃、国内では、繆斌に翻弄される小磯内閣の命運がつきようとしていた。街は疎開であわただしい。4月、政局は急転回する。
  3. 4月5日7日】鈴木内閣の成立
    1. 開戦時の海軍の弱腰はなぜだったのか。組閣人事で奔走する要人たちと、4月5日から7日の状況を描く。 敗戦へとひた走る。要人のなかには徳川幕府の最期を思い浮かべるものもあった。戦艦大和の撃沈が伝えられ、帝国海軍の栄光はもはやない。組閣の3日間。
  4. 4月15日
    1. 工場や疎開地での悲喜交々の毎日。戦争末期の勤労動員で親元を離れて軍需工場で働く生徒や疎開先の児童の日常生活をいきいきと描いた。風船爆弾や熱線追尾爆弾などの特殊兵器の開発の詳細。4月15日、本来なら入学式で賑やかな学校は静かだった。東北の勤労動員の高等女学校生徒は横須賀で兵器製作に献身する。陸海軍は特殊兵器の開発に最後の望みを託した。飢える疎開児童。敗戦間近の生徒・児童の日常。
  5. 4月19日5月1日
    1. 前半は若き航空隊員たちの奮戦ぶりを描き、後半ではドイツからの技術援助の経緯と、絶望的な状況のなかでの電波兵器ロケット兵器、人造石油、松根油等の新兵器開発の状況。 厚木航空隊の若き戦闘機乗りたちの奮戦。電波兵器や人造石油の開発は遅れ、独からの技術援助はベルリンの陥落によって終わる。日本人は科学戦をどう戦ったか。
  6. 5月10日5月24日
    1. 5月24日25日の最後の東京への大空襲で町は灰塵に帰した。ベルリンが陥落して孤立した日本はソ連への和平仲介を求めるしかないのか。政府・軍部に秘策はあるのか。 対ソ工作に妙案はあるか最高戦争指導会議で激論が交わされるなか、帝都は最後の大空襲で焼き尽くされる。炎上する市街の中を逃げまどう人々の恐怖の一夜。
  7. 5月26日30日横浜の壊滅
    1. 5月29日東京につづく横浜への昼間大空襲で街は灰燼に帰した。刑務所内には横浜事件の被告たちがいたが、この事件真相はどうだったのか。清沢洌の死や木戸幸一追放劇の画策など。 五月二十六日未明、宮城表宮殿・奥宮殿が焼失。五月二十九日には横浜の市街地が無差別爆撃され壊滅。そのとき横浜の拘置所、留置場には横浜事件の関係者が捕らえられていた。この事件真相は何だったのか。清沢洌は徳富蘇峰を名指しして戦争責任の問題をとりあげた。かれがしたこと、しようとしたことは何だったのか。政府と軍が気づかぬふりをしたのはなぜだったのか。宮内大臣松平恒雄と海軍大臣米内光政は木戸幸一を内大臣の座から逐おうとする。昭和十六年、政府と軍の首脳がアメリカと戦うことに逡巡していたとき、戦争を回避するためになにひとつしなかった木戸は、この戦争の終末にあって、どう対処したか。この戦争がどうして起きたのかをはじめて明らかにする。
  8. 5月31日6月8日
    1. 米も塩も石炭もない。海上輸送は壊滅状態となり、航空機の生産は水増しして発表される。新官僚たちがつくった「国力の現状」の報告書を中心に絶望的な状況に陥った6月初旬の日本。 毛里英於莵、美濃部洋次、迫水久常は、資源や食糧の危機的状況を、御前会議に提出する「国力ノ現状」にまとめ、民心が局面の展開を求める方向に向かっていることも明らかにする。朝日新聞ベルリン特派員の守山義雄は敗戦ドイツの実相を報じた。戦争とはなにかを初めて明示したこの記事を、枢密顧問官南弘、元外相有田八郎、石橋湛山、志賀直哉ら七人の日記から解き明かす。徹底抗戦の主張がむなしく響くなか、鈴木貫太郎、米内光政、梅津美治郎ら政府・軍首脳はなにを考え、なにをしたか。木戸幸一は自分を内大臣の座から逐おうとする計画をどう叩きつぶしたか。広田弘毅はソ連大使マリクとの箱根での会談でなにを説いたのか。皇太后は戦争終結のためにいかなる役割を果たしたのか。六月八日、その地位を逐われようとした木戸幸一は終戦の計画をつくる。敗戦の年の社会の動きを日を追いながら詳細に描き、太平洋戦争の意味を問い直すノンフィクション。
  9. 6月9日】天皇は決意する
    1. 天皇は何を考えているのか。その日常と言動、さらには態度決定の仕組みなど、戦争終結へ向かうまでの核心部分にせまった天皇論。沖縄では絶望的な戦いまだがつづいている。 6月。天皇はなにを考えていたのか。その日常と言動を通じて、さらに態度決定の仕組みから、戦争終結への経緯の核心に迫る。
  10. 6月9日~13日
    1. 6月上旬、梅津、長谷川、木戸らの言上により、天皇は、戦う方途はもうこれ以上ないと悟る。どのように行動をはじめるのか。他に桜花などの特攻兵器の開発の現状を描く。 クルーの国務長官代理への任命に和平へのサインを感じとる一部要人たち。特攻兵器桜花」の開発・生産は? 本土決戦か和平への道か。6月初旬の手詰り状況。特攻機「桜花」が散って二カ月以上になる。六月九日、内大臣木戸幸一は、「時局収拾案」を天皇に提出した。つづいて参謀総長の梅津美治郎は天皇に向かって、本土の戦いとなる以前に戦争を終結しなければならないと遠回しに言上し、その三日あと、海軍戦力査閲使の長谷川清は本土防衛のための特攻戦備には欠陥があり、弱点があると言上した。政府と軍の首脳、重臣、宮廷高官、そして天皇が密かに期待していたとおり、国務長官のジョセフ・グルーは大統領トルーマンに向かって、日本に和平を呼びかけるときがきたと説いた。沖縄戦が終末を迎えようとし、関東、阪神の各地が爆撃にさらされ、日本海が潜水艦と機雷によって封鎖されようとするこのとき、鈴木内閣と宮廷は戦いをおわりにすることができるのか。

資料

昭和二十年 第一部 (1) 重臣たちの動き 【1月1日~2月10日】

昭和二十年 第一部 (2) 崩壊の兆し 【2月13日~3月19日】

7 近衛の上奏

8 航空機工場の疎開

9 雪の2月

10 繆斌工作

昭和二十年 第一部 (3) 小磯内閣の倒壊 【3月20日~4月4日】

11 重慶と延安(疎開騒ぎ マルクス主義者たち 鈴木東民と辻政信 北京の鍋山貞親 上海を訪ねた宇垣一成 小磯と緒方の失敗 内大臣秘書官長、松平康昌)

12 硫黄島の戦い(地下陣地の栗林忠道 栗林の戦法 黎明の総攻撃)

13 内府対総理(木戸、怒る 疎開騒ぎ、つづく 石原莞爾、繆斌に会う)

14 岸の大構想(満州重工業から義済会まで 里見甫と阿片ビジネス 東条内閣を倒しはしたが 生産軍と新政党 岸の夢、消える)

昭和二十年 第一部 (4) 鈴木内閣の成立 【4月5日~4月7日】

徳川慶喜の影(「慶喜恭順」の鏑木清方 河田烈の慶喜像 孝明天皇の死 「相馬の金さん」と正岡容 ほか)

組閣人事(鈴木、市谷台に行く

長谷川清の昭和14年予測

及川が内大臣に告げた千二百機と二十隻

潜水部隊の悲劇

甲標的丁型の建造

朝の空襲

赤坂三河屋で

内務省 対 革新勢力

大和と名発の終焉 ほか)


昭和二十年 第一部 (5) 女学生の勤労動員と学童疎開 【4月15日】

女学生の勤労動員と学童疎開(昭和二十年卒業式入学式

宮城県の女学校の勤労動員 壮行会で「海ゆかば」を歌う

逗子沼間の第四寄宿舎

富士山と信濃

発射薬を詰め、スプリングをつくる

休みの日には

信濃運命

女生徒たちの抱くぼんやりした不安 どうして女学校生徒が働くことになったのか

霞ヶ関女子理事生

マルフと八号 マルフは炭疽菌を積むのか 楮の皮を剥ぐ マルフ作戦の開始 敵艦船をどうやって沈めるか 体当り攻撃しかない 決戦兵器、マルケ ほか)

昭和二十年 第一部 (6) 首都防空戦と新兵器の開発 【4月19日~5月1日】

4月19日~20日首都防空戦と沖縄米軍降伏の噂(302空の死闘B29との決死の戦い。敵、無差別爆撃に切り替える

福田英の戦死 ほか)

4月20日~5月1日―日独両国はどれだけ助け合ってきたのか(ルーズベルトとチャーチル「あの餅焼き網のようなものはなんだ」 ウルツブルグとコック・ドール 電波兵器の装備に懸命なアメリカ ほか)

昭和二十年 第一部 (7) 東京の焼尽 【5月10日~5月24日】

21 5月10日14日―「一体此戦争ノ終末ヲ何レニ帰着セントスルヤ」(「投了はドイツの店じまいと同時にあるべし」 東郷茂徳、モロトフとの会談を望んだが 満洲国境に大軍が送られてくる 「余程大きな思い切りをなすことが」「哈特諜はまだか」 ほか)

22 5月25日―市街地爆撃、火から逃れて、火と闘って(百一号作戦で井上成美は肝に銘じたのだが 関東大震災函館・静岡・大手町の大火が明らかにしたこと アメリカ陸軍航空軍総司令官の野望 三軒に一発なのか、一軒に一発なのか、それとも…「初期防火」は濡れ筵をかぶせて ほか)


昭和二十年 第一部 (8) 横浜の壊滅 【5月26日~5月30日】

23 火のなかで、焼け跡で、人びとはなにを考えるのか(焼夷弾は宮殿に落とされなかった 燃え殻ひとつで宮殿は燃え上がる 夜が明けた、逃げた人びとは ほか)

24 横浜大空襲(東神奈川に炎があがる 関内に焼夷弾の雨 山下公園の黒潮部隊はもはや動けず ほか)

25 迫水、毛里、美濃部がやってきたこと、やろうとしたこと(「あくまでも戦うのだ」と鈴木貴太郎 毛里、美濃部、迫水が昭和十六年にしたこと 昭和十七年九月、アメリカを見くびっていたと気づいた ほか)

昭和二十年 第一部 (9) 国力の現状と民心の動向 【5月31日~6月8日】

5月31日6月4日 26 「国力ノ現状」アルミの生産は、航空機はどれだけ(「国力ノ現状」北海道の石炭はいつまで 米内光政と松平恒雄が木戸解任に動く チャーチルが「十対一だぞ」と警告したのだが ほか)

6月5日―27 「国力ノ現状」毎日なにを食べているのか。大豆が頼りなのだが(守山義雄の特電「ついに奇蹟は起こらなかった」 志賀直哉、南弘、守山の報告にそれぞれ思うこと 「国力ノ現状」日記に記すのは食料のヤミ値、ごくたまのご馳走 ほか)

6月6日~8日―28 梅津、米内、鈴木、木戸は何を考えるのか(「今後採ルベキ戦争指導ノ大綱」を決めねばならないのだが いったい参謀総長はなにを考えているのか 梅津美治郎が考えていたこと ほか)


昭和二十年 第一部 (10) 天皇は決意する 【6月9日】

天皇、皇太后、直宮、内大臣(孤独な天皇 最後の元老の重大な怠慢 疎まれた助言者、直宮 ほか)

ルーズベルトとグルー(ルーズベルトカイロでしたこと 日本派、グルーの登場 ルーズベルトはなぜ考えを変えたのか ほか)

近衛、木戸、天皇(近衛文麿の怒り 昭和十六年十月近衛と木戸 昭和二十年五月近衛の木戸 ほか)

昭和二十年 第一部 (11) 本土決戦への特攻戦備 【6月9日~6月13日】

32◇特攻機「桜花」は散った(6月9日)

・「雲南を叩けば」と天皇は問うた

・ 中攻隊のエース、入佐俊家隊長

・ 短かった中攻の最盛期

昭和十八年十一月、二つの航空

・「飛行機の体当たり意外にない」と岡村基春は言った

・ 必死兵器桜花」への夢と期待

・「久しぶりの戦略攻勢の計画である」と及川古志郎は言った

・「神雷作戦に自信はない」と野中五郎は洩らした

・「第一戦法発動」と宇垣纒は命じた

・「今日は湊川だよ」と野中五郎は言った

・ 天皇、参謀総長の報告に衝撃を受ける

33◇特攻戦備の現実(6月10日~12日)

・ 六月十日の朝、南関東の空襲

・ 国民義勇隊への「転移

・「天祐」と「天罰」

特攻戦備の現実――長谷川清の報告(1)

特攻戦備の現実――長谷川清の報告(2)

34◇「老いの身を托すあかざの杖と実に」(6月13日)

・ 仮皇居は松代か大和

・ ジョセフ・グルーがやろうとしたこと

・ 河辺虎四郎の電報

・ 木下杢太郎の俳句



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